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佐々木健介が頚椎ヘルニアの手術で長期欠場!

佐々木健介
「佐々木健介グルっぽ」より引用

北斗晶こと(佐々木久子)が代表取締役を務める、プロレス団体ダイヤモンドリング社は、10月11日、夫でもあり、同社取締役副社長を勤める、人気プロレスラー佐々木健介(46)が頚椎ヘルニアの手術のため長期欠場することを発表した。

佐々木選手は以前から、何度も首を痛めており、2008年と昨年のオフ中に2度手術をしている。それでも、プロレス業を続けていたため、ダメージの蓄積で再び症状が悪化し、今月に入り、2つの病院で精密検査を受けたが、いずれも頚椎ヘルニアの手術を勧められたという。

行われた会見では、マスコミに対して、以下のようなコメントを残している。

「以前の手術では俺がやらなくちゃというのがあって、復帰が早まったけど、今は(中嶋)勝彦と(宮原)健斗に団体を任せられる。2人の力を信じて休ませてもらう」と、治療に専念する決断を下した。

また、今年の12月に腰の手術を経て、復帰を目指している、天龍源一郎との対戦については、

「次に天龍さんの前に現われる時は今まで以上の姿で現われる」

とコメントを残している。

今後の予定としては、11月4日の群馬・下仁田大会から欠場し、11月中旬に頚椎ヘルニアのレーザー手術を受ける予定。

佐々木健介さんは、1966年8月4日生まれの今年46歳。日本を代表するプロレスラーであり、妻の北斗晶が代表取締役を務める、プロレス団体ダイヤモンドリング社の取締役副社長である。また、最近ではタレント活動にも精を出し、恐妻家として人気を呼んでいる。

福岡県福岡市南区出身。東福岡高校卒業後、長州力選手に憧れ1985年6月にジャパンプロレス(現新日本プロレス)に入門。

その後は、現衆議院議員である馳浩とタッグチームを組んだり、ホーク・ウォリアーとヘルレイザーズを結成し、「パワーウォリアー」というタッグ名で、第一線で活躍した。

その後、長州力が実権を失いつつあった2000年後半頃より迷走を始めたが、2004年に健介オフィスを設立。また、2005年12月14日には健介オフィスの株式会社化を発表する。

その後、全日本プロレス社長の武藤敬司から参戦オファーを受けながら、その後、数々の名勝負を繰り広げた。

2004年度にはプロレス大賞MVPを受賞。2005年7月18日、NOAH東京ドームで行われた対小橋建太戦では、同年のプロレス大賞ベストバウトに選ばる程の名勝負を繰り広げた。

2007年8月26日、三冠ヘビー級選手権試合で王者である鈴木みのると対戦では、42分の激闘の末にウエスタンラリアットで下し、3度目の正直で、三冠王座初戴冠を果たした。

その後、諏訪魔により王座陥落し、主戦場をNOAHに移していく。2008年9月6日、NOAHで森嶋猛からGHCヘビー級王座を奪取し、史上初めて日本国内3大メジャー団体(新日本・全日本・NOAH)のヘビー級シングルタイトルを奪取した。

そして、2012年2月11日、健介オフィス自主興行からダイヤモンドリングに改称し、所属もダイヤモンド・リングとなり現在に至る。

このように、テレビなどではいつも明るい笑顔しか見せないが、プロレスという激しい格闘技の中で、26年間戦い続けた体は、酷使に酷使を重ね、限界が来ていたのだと思います。

今回、頚椎ヘルニアにより、長期欠場となってしまったが、今は頚椎ヘルニアの治療に専念してもらい、1日も早くファンの前に姿を見せてほしいものです。

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